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史上空前!10月倒産ラッシュの恐怖 |
ここまで来ると、監査法人の重要性が分かるな〜。
引用URL: http://news.nifty.com/cs/headline/detail/gendai-02038558/1.htm
史上空前!10月倒産ラッシュの恐怖
2008年10月3日(金)10時0分配信 日刊ゲンダイ
●中間決算でゴーイングコンサーン疑義が続出する
空前の倒産ラッシュに市場関係者や個人投資家が怯えてる。29日も不動産企画・開発のランドコム(神奈川県)が民事再生法を申請。先週末にはマンション分譲のシーズクリエイト(東京都)と電子部品のプロデュース(新潟県)が倒れている。
9月に入ってからの上場企業倒産件数は9社に上った。これで今年の上場倒産数は20社に達した(上場廃止後のエー・エス・アイ=旧アスキーソリューションズ含む)。
この先、どうなってしまうのか。専門家はこう読む。
「お先真っ暗でしょう。今年は過去最悪だった02年の29社を上回ると見ています」(帝国データバンク情報部の車克成氏)
間違いなく10月も倒産ラッシュだ。
「9月の倒産は、粉飾疑惑から株が暴落し、26日に倒産したプロデュースのように資金繰りの行き詰まりがほとんどでした。10月は3月本決算の会社の中間決算期です。問題はここ。不動産市況の極端な落ち込みや貸し渋りなどで業績が悪化している企業はたくさんあります。こうした会社の提出した決算書に異議を唱える監査法人が多発する可能性があります。結果、決算発表の遅れや、決算のやり直しなんて事態が起きる。それに『継続企業の前提(ゴーイングコンサーン)に関する疑義』の付く企業が続出するでしょう」(証券アナリスト)
ゴーイングコンサーン疑義は、監査法人が発する危険サインだ(有価証券報告書などに記載)。「継続的に営業キャッシュフローがマイナス」「借入金返済日の延期」「2期連続で営業損失」など企業ごとに内容は異なるが、危機と隣り合わせ企業というレッテルを張られる。
ザッと眺めただけで、ゴーイングコンサーンに疑義がある企業は現在170社近く。今年倒産したジェネシス・テクノロジーやシーズクリエイト、スルガコーポレーション、真柄建設などもそうだった。
「疑義あり企業は、今後グッと増えるでしょう。考えるだけで恐ろしい。会社の信用はズタズタになるし、市場から見放されるリスクがある。ゴーイングコンサーン疑義が倒産に直結するとは限りません。しかし監査法人の出した危険シグナルがひとり歩きし、資金繰りに詰まる懸念があるわけです」(前出のアナリスト)
不動産関連では、総和地所(ジャスダック)、ディックスクロキ(ジャスダック)、セイクレスト(ジャスダック)、ゼクス(東証1部)などが「疑義あり」。そのほか外食や小売り関連が目立つ。安楽亭(東証2部)、タスコシステム(ジャスダック)、田崎真珠(東証1部)、小杉産業(東証2部)……。
あくまで危険なサインだが、今後はますます目が離せない。
【今年倒産した上場会社】
グレース/大証2部
レイコフ/ヘラクレス
ニイウス コー/東証2部
アリサカ/ジャスダック
トスコ/東証2部
スルガコーポレーション/東証2部
真柄建設/東証1部
ゼファー/東証1部
キョーエイ産業/ジャスダック
三平建設/ジャスダック
(エー・エス・アイ)/(元ヘラクレス)
アーバンコーポレイション/東証1部
創建ホームズ/東証1部
トランスデジタル/ジャスダック
Human21/ジャスダック
リプラス/マザーズ
ジェネシス・テクノロジー/東証2部
シーズクリエイト/東証1部
プロデュース/ジャスダック
ランドコム/東証2部
(日刊ゲンダイ2008年9月30日掲載)
テーマ:経済・社会
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リーマン・ブラザーズ倒産の都市伝説! ヒルズ族の呪い |
楽天は、察知して逃げたw
引用URL: http://news.nifty.com/cs/item/detail/naigai-2008092542366910/1.htm
リーマン・ブラザーズ倒産の都市伝説! ヒルズ族の呪い (内外タイムス - 09月25日 18:01)
リーマン・ブラザーズという世界的な巨大企業の崩壊は、世界恐慌さえ起こしかねない事態に発展しつつある。そんな中、奇妙なうわさ話が都市伝説として語られている。リーマンを含む、六本木ヒルズのテナント企業に「666の呪い」が襲い掛かっているというのだ。
六本木6丁目・六本木ヒルズという住所を分解すると6という数字が三つ並ぶことが分かる。「666」。これはホラー映画「オーメン」で有名になったのだが、聖書でいうところの獣・悪魔の数字を意味しているという。この悪魔による「666の呪い」がヒルズ族に襲いかかっているというわけだ。 しかも、ヒルズの最寄駅である地下鉄・溜池山王駅からは、13番出口からヒルズに行ける。この13という数字も、不気味な数字と言われている。アークヒルズという名前も、意味深であると都市伝説では指摘されている。アーク=聖櫃を意味しており、ヒルズ族の墓所だというのだ。あくまで都市伝説に過ぎないが、ここまで偶然の一致が続くと不気味である。 ビルそのものを都会にそびえ立つ墓標と解釈し、回転扉を異界の岩戸開きと見る見方もある。あまりにも恐ろしいシンクロニシティである。 考えてみると、ここ2年の間にヒルズ族には数々の受難が降りかかっている。あのライブドアの総帥にして話題の人であったホリエモンは逮捕され、派遣業で大儲けした折口雅博は介護でつまずき、グッドウイルカンパニーの代表の座から追われた。藤田晋は、元妻の奥菜恵に暴露本で私生活を書かれ、宇野康秀の運営するUSENは業績が悪化した。これらは客観的な事実であるが、都市伝説とリンクさせて考えると気味が悪い。もちろん、あくまで偶然の一致なのだが…。 他にもヒルズ族の周辺には奇妙な事件が多い。2004年3月には、回転ドアの事故で子供が死亡。2005年2月には、ゴミ集積所で胎児の入ったビンが発見されている。ヒルズのある場所は、もともと毛利藩邸跡で、赤穂浪士が切腹した場所であるのだ。まさか、赤穂浪士の祟りとは思えないが、街中やネットでは不思議な風聞が囁かれている。 当然のことだが、ヒルズ族の中には誠意ある企業もあるし、大部分が社会に役立つ企業を目指している。また、放漫な経営戦略に対して、非難の声があがるリーマン・ブラザーズは、かつて日本を救ったことがあるのだ。1977年に同社はクーン・ローブ社と合併しており、そのクーン・ローブ社は、日露戦争開戦当時、日本の軍費調達に力を貸してくれた企業なのだ。 世界中の銀行がそっぽを向く中、クーン・ローブ社だけが融資してくれた。この融資がなければ、日本はロシアに敗れていただろう。この誠意が今も残っていれば、リーマン・ブラザーズは崩壊しなかったのかもしれない。
テーマ:ニュース
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医師を支える患者と家族からの手紙 |
かなり内容が違った。
参考URL: http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/aera-20080627-01/1.htm
拝啓お医者さま しあわせでした 医師を支える患者と家族からの手紙
2008年6月27日(金)0時0分配信 AERA
掲載: AERA 2008年6月30日号
医師や看護師への手紙を抱いたまま息をひきとった患者がいる。 延命治療をやめた医師に、遺族から感謝の便りが届いた。 先生に診てもらえて良かった——そんな手紙が医師を支えている。
慶応義塾大学病院(東京都新宿区)9階にある血液内科「9S病棟」。看護師控室の机の上に、透明な写真立てに入った一通の手紙が飾られている。
——最高の治療をしていただき、心から慰め、笑わせていただき、ほんとうに明るく楽しい入院生活を過ごす事ができました。ここから旅立てること最高に幸福です
手紙の日付は2006年5月13日。差出人の小野妙子さんはその17日後の5月30日午前5時過ぎ、急性骨髄性白血病との1年半にわたる闘病の末、9S病棟から天国に旅立った。60歳だった。
夫の幸二さん(72)が子どもたちと病院に駆けつけ、死亡を確認した直後、前夜から病室に泊まっていた義妹が言った。
「お姉ちゃんがこのバッグをずっと抱えて寝ていたの」
渡されたバッグを開けると、家族全員にあてた手紙と一緒に、担当医と看護師たちにあてた手紙が入っていた。すぐに、医師たちに手紙を持参した。
「家内はいつも、病院の皆さんが親切で優しく、安心できると言っていました。1年半、本当に何の不安もなく入院生活を送らせてもらいました」
自分の部屋に全部保管 闘病中、小野さんが周囲に涙を見せたのは2度だけだ。1度目は、再発がわかった時。アメリカにいた幸二さんに国際電話をかけ、泣きながら検査結果を伝えた。2度目は、亡くなる数週間前。自宅に数日だけ戻り、自分の結婚指輪を「息子の将来のお嫁さんに」などと言いながら貴重品を整理していた時、
「私、死にたくない」
と、つぶやいて泣き出した。幸二さんは思わず駆け寄って抱きしめ、一緒に泣いた。
だが、その2度以外は、いつも気丈に振る舞った。再発がわかった後も、一人で5トントラックを頼み、自分の持ち物の大半を処理した。
そんな小野さんを間近でみていた看護師たちが、
「小野さんの生き方は最後まですてきだった。患者さんみんなに、小野さんのように入院中に少しでも幸せを感じてもらえるようなお手伝いがしたい」
と、手紙を控室に飾った。
小野さんの主治医だった岡本真一郎・同大准教授(53)は、患者や家族からもらった手紙を、すべて自分の部屋に大切に保管している。
「患者さんたちからの手紙は、私にとって一番の力です。引退する日が来て自分の医師人生を振り返る時、患者さんとどのような時間を持てたのかが何にも増して大切な要素になると思います。患者さんの手紙は、私と患者さんが持った『時間』を端的に語ってくれるんです」 拝啓お医者さま しあわせでした 医師を支える患者と家族からの手紙
-------------------------------------------------------------------------------- 「一筋の道が見えた」 骨髄移植を得意とするが、移植を受けた人の半数以上が完治せずに亡くなるのが現実だ。
「患者さんが亡くなるたびに、もっと他に何かしてあげられることがあったんじゃないかと落ち込みますが、ご遺族から手紙を頂くと、救われます」
下の手紙は、白血病が再々発して亡くなった男性患者の妻からのものだ。
岡本さんは、非常に活動的だった男性患者が外で安心して過ごせるよう、
「具合が悪くなったらいつでも入院できますよ」
と言って、この男性用にベッドを一つ常にキープしておいた。男性が入院中は、夜、病室を抜け出して看護師たちと近くの居酒屋に飲みに行くのも知っていたが、知らないふりを通した。
「患者さんにとっての『生活の質』とは何だろうと、ものすごく試行錯誤している時に出会った患者さんでした。『こんなに幸せな患者はいるでしょうか』というご遺族の手紙で、一筋の道が見えた思いがしました」
岡本さんはこう振り返る。
自宅での看取りに感謝 ひばりクリニック(宇都宮市)の院長、高橋昭彦さん(47)が3カ月に1度、患者さんや仕事仲間に出すニュースレターの名前は「テレマカシー」という。「ありがとう」を意味するインドネシア語だ。
この言葉を高橋さんに教えてくれたのは、4年前に自宅で90歳の天寿を全うした金子由男さんだった。海外旅行が趣味で、自分の部屋の壁一面に外国で撮った写真を張っていた金子さんは、高橋さんが往診するたびに「サンキュー」「メルシー」などと訪れたことのある国の言葉でお礼を言った。
往診を始めたのは、老衰で体力が弱ってきたのを心配した長男の妻、敏子さん(60)が相談にきたのがきっかけだった。
最初の日、高橋さんは金子さんに、どこで過ごしたいかと尋ねた。
「家に最期までいたいけれど、嫁の敏子に世話をかけるのはすまないから、入院してもいい」
ところが高橋さんは、金子さんの部屋いっぱいの写真を見て、こう応じたのだ。
「最期まで、お父さんらしく生きるために、この部屋で過ごさせてあげましょう」
すると敏子さんが、高橋さんをきっと睨んだ。自宅での看取りが不安だったのだ。高橋さんは優しく言った。
「心配な時はいつでも電話して下さい」
それから毎日、高橋さんは金子さんを往診した。2週間後、金子さんは両腕を伸ばし、「シゲ、シゲ」と亡き妻の名前を呼んだ後、息をひきとった。
高橋さんのもとに敏子さんの手紙が届いたのはその2カ月後だ。400字詰め原稿用紙4枚にていねいな文字で、義父の「テレマカシー」のエピソードなどとともに、感謝の言葉が綴られていた。
——住み慣れた家で、思い出の写真に囲まれ、誰にも気兼ねなく会話ができて、感謝の言葉だけを言いながら天国に移された父は本当に幸せだったと思います。悲しさはありますが、今まで三人の親を失くした時の、痛みを伴う悲しみではない……
敏子さんは、3人の親を病院で看取っていたのだ。
「病院での看取りは後悔ばかりが残りました。自宅での看取りは最初は不安でしたが、父と一緒にいる一時一時が、言葉は交わさなくてもお別れの時間で、納得のいくお別れができました。感謝の気持ちをどうしても高橋先生に伝えたくて、手紙を書いたんです」
30年以上のトゲ抜けた ちょうどニュースレター創刊を考えていた高橋さんは、手紙の全文を創刊号に載せ、誌名を「テレマカシー」にした。
「在宅医療に力を入れたくて開業したんですが、敏子さんたちが満足しているかどうかは不安でした。それだけに、手紙は嬉しかった」
小児科医として約35年の経験を積んできた聖路加国際病院の細谷亮太副院長(60)は、研修医時代に最初に受け持った小児がん患者、「彩ちゃん」のことがずっと忘れられなかった。
神経芽腫で、2歳で亡くなった。その心臓が止まった時、細谷さんは懸命に心臓マッサージをし、口から息を吹き込んだ。しかし、震える手で当てた聴診器から聞こえてくるのは、自分のドキドキした変な音ばかりだった。涙があふれた。
「医師になりたてで未熟で、十分なことができなかったのではないかと、彩ちゃんのことはずっと『トゲ』のように、心にひっかかっていました」
昨年、ラジオ番組でそんな話をした。するとほどなく、彩ちゃんの母親から手紙が届いた。
——彩のこと覚えていて下さったんですね。明日……三十四回目の命日です。先生のことを思いますと、万感胸に迫るものがございます。彩はホショヤセンセイが大好きでした。廊下を歩かれる先生の足音ですぐわかり、アッ、ホショヤセンセイダ!と目を輝かせたものです。夫と常々、先生はきっと立派なお医者様になられるわねと話し合っておりましたが、その後の御様子を御著書やテレビ、新聞などで拝見し、“やっぱり!”ととてもうれしく誇らしく思っておりました……
「この手紙は、私の心に長年刺さっていたトゲを抜いてくれました。患者さんやご家族からのお手紙はみんな、私の宝物。大切にとってあります」
三重大学病院総合診療部の竹村洋典准教授(46)にとって、アメリカで「家庭医」の研修をした時にもらった一通の手紙が、その後の人生を決めた。担当した70代半ばの喘息の女性の子どもたちからの手紙だ。
人生決めた遺族の手紙 進んだ肺がんが見つかったその女性は、折に触れて竹村さんに訴えていた。
「延命治療はしないで」
カルテの表紙に大きく「DNR(延命治療をしないで)」と書いたが、女性が自宅で呼吸困難に陥って救急車で病院に運ばれた時、救急措置で人工呼吸器がつけられた。一通りの治療が終わってから連絡を受けた竹村さんは、人工呼吸器をつけられた女性を見て心が痛んだ。
「あんなに延命治療はして欲しくないと言っていたのに……」
女性の子どもたちや自分の指導医、病院長と話し合い、3日後に人工呼吸器を外した。
プライド支えてくれる 1992年のことだ。当時はアメリカでも人工呼吸器を外すことはタブー視されていた。女性が亡くなって3日後、子どもたちから手紙が届いた。竹村さんは一瞬、抗議かと身構えたが、文面には温かい言葉が満ちていた。感謝の手紙だった。
「あの経験から、患者さんの意思をできる限り尊重し、『患者さんの生きている世界』の中で問題を解決する家庭医としてやっていこうと決意しました」
独協医科大学脳神経外科(栃木県壬生町)の金彪教授(52)のもとに今年、3年ぶりに研修医が入ってきた。外科系はどこも志望者の減少が深刻だ。金さんはその原因をこう考える。
「外科系が『4K職場』だからです。きつい、危険、厳しい、カネにならない」
大病院勤務の外科医は、たいてい週70時間は働いている。重症患者が多く、患者が死亡して医療紛争に巻き込まれる危険も大きい。そのうえ、どんなに多くの難手術をしても勤務医の収入は増えず、時給にすれば3000円に満たないという。
疲れ果てて病院を去る外科医も増えている。そんな状況下で診療している金さんにとって、患者からの手紙は、「プロの脳神経外科医としてのプライド」の大きな支えだ。
——いろいろありがとうございます。静かに復活の気持ちです
金さんの机の上は、毛筆の太い字で書かれた手紙が飾ってある。他の手紙も、印象に残るものはファイルしている。
「自分の生命力を患者さんにあげるつもりで手術に臨んでいます。患者さんの感謝の手紙は、そんなプロとしてのプライドを補強してくれます。最近、何をしても『ありがとう』の一言さえ言わない患者さんが増えているだけに、うれしいものです」
「医療崩壊」と言われ、医師を取り巻く環境が日々悪化している今、感謝の気持ちを素直に綴った患者や家族の手紙が医師たちを支える力は、書いた本人が想像する以上に大きい。
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拝啓お医者さま しあわせでした |
木曜日の資料。
参考URL: http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/aera-20080627-01/1.htm
拝啓お医者さま しあわせでした 医師を支える患者と家族からの手紙
2008年6月27日(金)0時0分配信 AERA
掲載: AERA 2008年6月30日号
医師や看護師への手紙を抱いたまま息をひきとった患者がいる。 延命治療をやめた医師に、遺族から感謝の便りが届いた。 先生に診てもらえて良かった——そんな手紙が医師を支えている。
慶応義塾大学病院(東京都新宿区)9階にある血液内科「9S病棟」。看護師控室の机の上に、透明な写真立てに入った一通の手紙が飾られている。
——最高の治療をしていただき、心から慰め、笑わせていただき、ほんとうに明るく楽しい入院生活を過ごす事ができました。ここから旅立てること最高に幸福です
手紙の日付は2006年5月13日。差出人の小野妙子さんはその17日後の5月30日午前5時過ぎ、急性骨髄性白血病との1年半にわたる闘病の末、9S病棟から天国に旅立った。60歳だった。
夫の幸二さん(72)が子どもたちと病院に駆けつけ、死亡を確認した直後、前夜から病室に泊まっていた義妹が言った。
「お姉ちゃんがこのバッグをずっと抱えて寝ていたの」
渡されたバッグを開けると、家族全員にあてた手紙と一緒に、担当医と看護師たちにあてた手紙が入っていた。すぐに、医師たちに手紙を持参した。
「家内はいつも、病院の皆さんが親切で優しく、安心できると言っていました。1年半、本当に何の不安もなく入院生活を送らせてもらいました」
自分の部屋に全部保管 闘病中、小野さんが周囲に涙を見せたのは2度だけだ。1度目は、再発がわかった時。アメリカにいた幸二さんに国際電話をかけ、泣きながら検査結果を伝えた。2度目は、亡くなる数週間前。自宅に数日だけ戻り、自分の結婚指輪を「息子の将来のお嫁さんに」などと言いながら貴重品を整理していた時、
「私、死にたくない」
と、つぶやいて泣き出した。幸二さんは思わず駆け寄って抱きしめ、一緒に泣いた。
だが、その2度以外は、いつも気丈に振る舞った。再発がわかった後も、一人で5トントラックを頼み、自分の持ち物の大半を処理した。
そんな小野さんを間近でみていた看護師たちが、
「小野さんの生き方は最後まですてきだった。患者さんみんなに、小野さんのように入院中に少しでも幸せを感じてもらえるようなお手伝いがしたい」
と、手紙を控室に飾った。
小野さんの主治医だった岡本真一郎・同大准教授(53)は、患者や家族からもらった手紙を、すべて自分の部屋に大切に保管している。
「患者さんたちからの手紙は、私にとって一番の力です。引退する日が来て自分の医師人生を振り返る時、患者さんとどのような時間を持てたのかが何にも増して大切な要素になると思います。患者さんの手紙は、私と患者さんが持った『時間』を端的に語ってくれるんです」
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バブルの何がマズイのか?〜バブルと実体経済 |
分かったような分からないような説明だな。 発端を説明したのか。
参考URL: http://news.goo.ne.jp/article/wiredvision/business/2008blogkojima13-16064.html
バブルの何がマズイのか?〜バブルと実体経済
今世界中で起きている株価の下落は、アメリカのサブプライムローンと呼ばれる住宅ローンの破綻に端を発している、と言われており、要は、アメリカの住宅価格バブルがはじけて起きた混乱、ということなのだ。そういう意味では、1980年代の日本に生じた土地価格バブル、それがはじけることで被った90年代以降の不況に、様相がとても似ている、といっていい。もしもそれが本当なら、これから世界不況がやってくる、という可能性は決して小さくはないだろう。
このとき素朴な疑問として浮かんで来るのは、「バブルはなぜ生じるのか?」、そして「バブルがはじけるとなぜ不況になるのか?」というものだろう。今回と次回は、この問題を扱ってみたい。
今回は、まず後者の疑問について考える。ところで、この後者の問題は、ぼくの知る限りにおいて、経済学の教科書できちんと説明しているものはなく、また定番的な学説もないようだ。したがって、以下に展開するのは、全くのぼくの持論であることをお断りしておく。
バブルというのは、資産価格がその実態的な価値を越えて高騰してしまう現象のことである。歴史的には何度も起きており、「バブル」という名も18世紀イギリスの南海泡沫会社の株投機事件からついた名称だそうである。
バブルという現象を理解するのに最適な例は、1634年から1637年にかけてオランダで起きたチューリップ・バブル事件だろう[*1]。この時期、オランダでは、モザイク病というウイルス病にかかることでできるチューリップの変種の球根への投機に熱狂した。それらの球根を、もっと高値で買ってくれる者がいるだろうと誰もが推論し、だから高値でも買う、という連鎖が起き、球根の値段はまたたくまに高騰した。それは、馬車一台と一個の球根が等価になるほどであった。こんな実話もあった。ある船乗りが、商人に船荷の到着を報告したとき、褒美としてふるまわれたニシンを食べる際、近くにあった「タマネギ」を薬味だと思いこんで食べてしまったのだが、それは船の乗組員全員を一年間養うことのできるほど高価なチューリップの球根だった。それでその船乗りは窃盗罪で数ヶ月も投獄されるはめとなった、という笑ってしまうような悲劇である。誰が考えても、チューリップの一個の球根が、一台の馬車や船の乗組員全員の一年分の給与と同額になったりすることは、一種の「狂気」だと思えるだろう。このように、モノの価格が、そのモノの実態的な価値を著しく逸脱して高騰してしまう現象がバブルなのである。
バブルが問題なのは、それがいつか必ずはじけ、その崩壊後に、きわめて深刻な不況をもたらすからである。イギリス・南海泡沫会社バブル事件でも、オランダ・チューリップバブル事件でも、それがはじけたあと、長い不況にあえぐことになった。これらの歴史的教訓が活かされることなく、20世紀初頭のアメリカ・株バブル崩壊後の世界大恐慌でも繰り返され、また最近では、日本・土地バブル崩壊後の現在まで長引く不況にも見ることができる。
実は、もしも、「資産に対する実態的な価値から乖離した取引」だけが行われているだけだとするなら、後に不況が発生する必然性はないのだ。バブルは単なる「所有資産の再配分」を実現させるだけのものにすぎず、経済全体には影響を与えない。このことを理解していただくために、簡単な喩え話を提供しよう。
今、Aさんという人物が、金庫にお金を1000万円入れてカギをかけたが、いくらを入れたか忘れてしまったとしよう。金庫のカギはタイマーになっていて、一年後までは決して開かないものとする。お金が入り用になったAさんは、Bさんに中のお金を金庫ごと買ってくれないか、と持ちかけたとする。簡単化のため金庫それ自体の価値はゼロとしておく。さて、Bさんがこの金庫を1500万円で購入したいと申し出て、Aさんが承諾すれば、バブルが発生したことになる。なぜなら、この金庫の実態的な価値は中身の1000万円だからである。しかし、この取引は経済に実体的な影響は与えない。なぜなら、このことは単に、BさんからAさんに500万円の金銭移転が起きたことを意味し、要はAさんの資産が500万円増えてBさんの資産が500万円減っただけのことなのだ。二人を合わせた総資産は全く変化しておらず、経済全体を集計すれば実体的な変化はない。
それでは、バブルが経済全体の実体的な問題につながるメカニズムは何であろうか。
その一つは、資産の実態的な価値を見誤ったことがもたらす経済計画の失敗である。どんな人も、自分の資産と所得とをよくよく見比べて、現在と将来の生活を考え、消費と貯蓄との配分を決めるだろう。このとき、自分の資産の勘定を間違えてしまえば、そこから計画された消費や貯蓄は、もはや最適なものではなくなってしまう。「過剰消費」や「負の貯蓄」などが起きうるのである。
前の例でいうなら、Bさんが金庫の中身をてっきり1500万円だとばかり信じて、自分の資産を1500万円だと錯誤した。だから、年収の500万円をすべて消費してしまったとしよう。このときのBさんの最適配分とは、合計1500+500=2000万円のお金を消費に500万円、貯蓄に1500万円と配分すること、というわけである。ところが1年後に金庫を開けてみたら、そこには1000万円しか入っていなかった。結果としてBさんは、合計1500万円を消費に500万円、貯蓄に1000万円と配分したことになる。しかし、仮にBさんが事前に所持金額を1500万円と知っていて、それを配分するなら、こうは配分しなかったに違いない。例えば、300万円を消費して1200万円を貯蓄したりしたことだろう。この場合は、バブルによってBさんは200万円の過剰消費をし、最適な貯蓄より200万円低い貯蓄に甘んじることになってしまったのだ。
バブルというのは国家的な現象であるから、Bさんの喩え話が国家規模で起きることを想像してみなければならない。バブルという資産の実態的な価値への錯誤が、マクロ経済の実体を最適性から遠ざけ、国民の生活に大きな傷跡を残すメカニズムは、このように説明できるのである。(ただし、今の説明だけでは、深刻な不況や金融恐慌に至るメカニズムまでは描写できていない。これらを説明するには、もっと別の複雑なプロセスを導入する必要があるだろう)。このように、バブルという現象は、経済の最適な運営に対しては「疫病」のような存在だ、といってよく、阻止したいのはやまやまである。しかし、バブルを事前に察知し阻止するのは、理論的に非常に困難な仕事なのである。そのことは次回に考えることとしよう。
****** [*1] バートン・マルキール『ウォール街のランダム・ウォーカー』日本経済新聞社
テーマ:経済ニュース
- ジャンル:ニュース
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