【巨額詐欺事件】米証取委内部調査へ 職員加担の可能性も

これからのようですね。


引用URL:
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081217-00000569-san-int


【巨額詐欺事件】米証取委内部調査へ 職員加担の可能性も
12月17日18時0分配信 産経新聞


 【ニューヨーク=長戸雅子】米証券取引委員会(SEC)のコックス委員長は16日、米ナスダック・ストック・マーケット(現ナスダックOMXグループ)元会長のバーナード・マドフ氏による巨額の投資詐欺事件に関する声明を出し、マドフ氏に関する情報が以前からSECに寄せられていながら調査が行われてこなかったことを明らかにした。マドフ氏はSECの諮問委員も務めており、SEC職員が何らかの形で不正行為に加担した可能性も取りざたされている。

 今回の事件は「米金融規制システムへの根本的な疑問を投げかけた事件」(英投資ファンド)と指摘され、SECも批判にさらされている。コックス委員長は「巨額の詐欺行為がなぜ長期間発覚しなかったのかに対する回答を(マドフ氏が捜査当局に逮捕された)先週来、探し続けている」と苦悩を吐露。SECの内部監察室に対し、このケースに関する全面的な調査を行うよう指示したことを明らかにした。

 内部調査は家族も含めたマドフ氏側と接触や関係があった全職員に対して行われる見通し。

 コックス委員長は取り急ぎ行われた内部調査では「非常に頭の痛い問題」があったとし、「少なくとも1999年にはマドフ氏の不透明な運用に関する、信憑(しんぴょう)性の高い具体的な申し立てが度々寄せられていたのに、調査が開始されることはなかった」とマドフ氏の不正隠しに加担したSEC職員がいる可能性も示唆した。 

 事件の被害総額は500億ドルに達するものとみられ、日本の野村ホールディングスをはじめ、英仏、スペインなど世界各国の大手金融機関がマドフ氏のファンドに投資したことが明らかになっている。

theme : 経済・社会
genre : ニュース

 「日本一視察が多いスーパー」。

へ〜


引用URL:
http://www.nikkeibp.co.jp/article/news/20081217/120205/


ニュースを斬る 日本一視察が多いスーパー、ハローデイの“感動経営”(上) 「ライバルが目を剥く衝撃の売り場」


 「日本一視察が多いスーパー」。小売業界でそう囁かれる企業が福岡県にある。それはハローデイ。売上高は530億円(2008年3月期)と中堅規模だが、16期連続で増収増益を続ける隠れた優良企業だ。売り場のコンセプトは「アミューズメント・フードホール」。店内に足を踏み入れると、趣向を凝らしたディスプレーやアイデア満載の商品が客を迎える。魅惑の売り場で顧客の心をつかむハローデイの秘密に迫った。

 目の前には不思議な空間が広がっていた。

 福岡県行橋(ゆくはし)市にあるハローデイのコスタ行橋店。外見上はロードサイドに建つ普通の食品スーパーに過ぎないが、店の中に一歩足を踏み入れるとメルヘンチックな光景に度肝を抜かれる。

 まず入り口を入ってすぐのところにある青果売り場。棚の上に目をやると、岩山を模した巨大なディスプレーが飾られていた。山には愛らしいリスのぬいぐるみがわらわらと戯れるように置かれている。リスは行橋店のキャラクター、ハロンくん。ハロンくんのそばには、高さが1メートル以上はあろうかという巨大キノコも鎮座していた。


店内はまるで「アミューズメントパーク」

 その隣の鮮魚売り場に目をやると、海の底をイメージさせる青一色の壁に巨大なタコやエビがへばりついている。精肉売り場の上では、巨大な肉の塊が火の上で回転していたり、ハロンくんが巨大なナイフで肉を切っていたり、動くディスプレーが客を迎えていた。

 このほかにも、洞窟の中を流れる滝、巨木を模した柱、グルグルと自動回転している牛乳、天井を回る飛行機(なぜかペッパーソースのビンに羽根がついたもの) など、「これでもか」というほど可愛らしいディスプレーが並ぶ。食品スーパーらしからぬその光景。まるでアミューズメントパークである。


コスタ行橋店はメルヘンチックなディスプレーで飾り付けられている(写真:高口裕次郎、以下同)


 店内のディスプレーはコスタ行橋店に限った話ではない。多くの店舗が独自のコンセプトで店を飾り付けている。



姪浜店のシンボルは巨大なクジラ


 福岡市の姪浜(めいのはま)店では、ひときわ大きなクジラが天井に飾られている。漁師町だった姪浜。周囲に広がる海をイメージしてクジラのディスプレーを考えたという。門司港店は門司港のレトロな雰囲気を醸し出すために「アール・デコ」を意識した作りに、太宰府市にある大佐野店は歴史の街、太宰府をイメージした「まほろばの里」がコンセプトになっている。

 冒頭で紹介したコスタ行橋店のコンセプトは「フードアイランド」。鮮魚売り場は「海底工場」、精肉売り場は「洞窟内の秘密のキッチン」、牛乳や豆腐などのデイリーは「洞窟の中の大きな滝」、ベーカリーは「森の入り口のパン工場」という設定。なるほど、精肉売り場でハロンくんが肉の塊を切っていたのは「秘密のキッチン」だったからなのか。

 ハローデイの売り場は「アミューズメント・フードホール」。“アミューズメント”という言葉が示しているように、趣向を凝らしたディスプレーで店内を飾り付けるのは、楽しいディスプレーで客をもてなし、買い物を楽しんでもらうため。買い物で感動してもらうためである。


 福岡県を中心に35店舗を展開するハローデイ。売上高は約530億円、経常利益15億円の中堅地場スーパーである(2008年3月期)。会社設立は50年前の1958年。バブル崩壊後、経営危機に陥ったが、その後は16期連続で増収増益を続けている。

 このハローデイ、日本一視察が多いスーパーとして業界では有名である。「生活者の視点に立った売り場作りを参考にしたい、という同業は数多い」(大手食品卸の幹部)。では、ライバル企業はハローデイの何を見に来るのだろうか。

 1つは、商品の“魅せ方”である。これまで述べてきたように、壁や棚、天井のディスプレーは客を楽しませるための仕掛け。だがそれだけではない。売り場を子細に見ると、個々の商品を魅力的に見せる細やかな工夫が施されているのだ。


引用URL:
http://www.nikkeibp.co.jp/article/news/20081218/120418/

日本一視察が多いスーパー、ハローデイの“感動経営”(中)
楽しく働く従業員が強い店を作り上げた
2008年12月18日

 12月12日、ハローデイ姪浜店は独特な緊張感に包まれていた。

 この日は2カ月に1度の社長視察、通称「社長フレンドリー」の日である。加治敬通社長が地域ごとの3〜4店舗を順繰りに回るフレンドリー。従業員にとっては、日頃の成果を社長に見せる大切な一日である。

 店舗視察はどこのスーパーもしているだろう。ただ、ハローデイのフレンドリーが一般的な店舗視察と異なるのは、従業員が新商品や新しい陳列方法を提案する発表会を兼ねている点。いきおい、ほかのスーパーではまず、お目にかかれないような商品が定番商品に混じって並ぶことになる。

 ここで言葉を尽くすより、フレンドリーのために姪浜店が考えた新商品を見た方が早いだろう。

 姪浜店の鮮魚売り場。1万8000円のブリの一本物、9800円のタラバガニなど、ド派手な商品に交じって木箱に入った鍋物セットがあった。数種類のカニの足、有頭エビ、白身魚の切り身、鍋の素などがセットになった商品である。12アイテムが入ったセットで2380円。これは、フレンドリーのために鮮魚担当者が考え出したものだ。

theme : ニュース
genre : ニュース

<がんを生きる>

大学資料になるかな。


引用URL:
http://news.goo.ne.jp/article/mainichi/life/20081216ddm001040016000c.html


<がんを生きる>寄り添いびと/1(その1) 「余命1年」、自殺防止にささげる
2008年12月16日(火)13:00


 公園のイチョウの葉も残りわずかな師走の夜に、電話の着信を告げる青ランプが点滅し、小さく震えた。

 「もしもし東京自殺防止センターです。どうなさいましたか」

 西原明さん(79)が穏やかな声で応じる。クリスマスソングが流れる東京・歌舞伎町から北へ1・5キロ。センターは三方をマンションに囲まれた小さな教会に間借りしている。

 電話相談を始めて30年。生と死のはざまでさまよう声を聞いてきた。そして今、自分の命と向き合っている。

 「余命1年」と告げられたのは昨年の今ごろだ。末期の大腸がんだった。「切るのはやめて受け入れましょう」と医師は言った。

 「これからはやりたいことをやる」。小さな目標を立て、一つずつこなしてきた1年だった。来年3月で80歳。「誕生日はここで迎えたい。欲張りかな」。笑顔を添えて夢を語る。

 電話は夜の8時から翌朝6時まで受け付ける。60人のボランティアが月に3回、4時間交代で担当する。

 「生きる意味ってなに?」「どうして死んじゃだめなの?」

 クリスマスや正月は呼び出し音が鳴りやまない。周りが幸せそうに見える時ほど、人は寂しさを募らせるものらしい。

 失業、貧困、暴力、病、別れ。痛みは限りなく存在し、電話してくる人の7割が「死にたい」と口にする。その叫びを丸ごと受け止め、生きてほしいと願いをこめる。

 「あなたは一人じゃない。いま、電話がつながっていますよ」

 午前0時。明さんはこの日の当番を終え、背伸びをした。外は木枯らし。屋根の十字架のかなたで、星が凍えている。

    ◇

 日本人の2人に1人ががんになり、3人に1人ががんで死ぬ。国民病ともいえる病の末期を宣告された牧師が、自殺の防止に残された生をささげる。3万人が自ら命を絶つ時代に、生の輝きをともす彼と仲間たちの物語を記す。【萩尾信也】<社会面につづく>(次回から社会面に掲載)




引用URL:
http://news.goo.ne.jp/article/mainichi/life/20081216ddm041040110000c.html


<がんを生きる>寄り添いびと/1(その2止) 闘わない選択
2008年12月16日(火)13:00
 <1面からつづく>

 ◇人は他人の死を通して死を学び、自分の死を前にして生を意識する

 「僕の命はあと1年だそうです」

 昨年の大みそか。東京・新宿のNPO法人自殺防止センターで相談員の仲間たちと年越しそばを食べていると、西原明さん(79)が唐突に切り出した。

 「主治医に『手術は無理』と言われ、正直ほっとしました。闘うより、毎日やりたいことをする。僕にはそのほうが向いています」。淡々とした口調に聞こえた。

 「来年も一緒にそばを食べましょうよ」

 誰かが声を上げた。除夜の鐘が08年の始まりを告げていた。

 明さんとは6年前に自殺の取材で知り合った。人の命に寄り添おうとする生き方に打たれ、研修を受けて、時折センターの電話番に入るようになった。

 明さんが自殺防止の取り組みを始めたきっかけは、一本の電話だった。1960年代後半、大阪の教会で牧師をしていたころだ。

 かけてきたのは、親しくしていた信徒の青年だった。「夜、眠れなくてすごくつらい」と繰り返し、「みなさんによろしく」と言って切れた。青年はその日のうちに自ら命を絶った。

 長くうつ状態が続いていたことは知っていたが、死を思うほどとは気付かなかった。「なぜ彼の痛みに寄り添えなかったのか」という自責の念が、明さんと妻由記子さん(74)を突き動かした。

 「できることは何か」

 模索のうちに電話相談のノウハウを学び、78年1月、大阪自殺防止センターを開設した。教会内の部屋に2本の電話を引いたら、すぐに「死にたい」という少女の声が飛び込んできた。その年、若年層の自殺が社会問題化していた。

 年間の自殺者が初めて3万人を超えた98年、大阪の活動を後進に託して夫婦で上京し、東京センターを開いた。「なんとかしなければ」との危機感にかられていた。

 大腸がんが見つかったのは、その3年後のことだ。内視鏡を入れたら、ブドウの房のような腫瘍(しゅよう)が見えた。05年に再発。患部は切除したが、人工肛門(こうもん)の生活になった。

 手術の影響で腸閉塞(へいそく)になりかけたこともあった。あの時は、葬式の段取りを決めて、神学校の同級生に追悼の辞を頼んだ。そして昨年。新たな転移が分かり、自分の余命を知った。

 「命というものは不思議なもんだね。人は他人の死を通して死を学び、自分の死を前にして生を意識するんだ」

 医師が告げた余命の1年が過ぎた今、明さんはそう思う。傍らで由記子さんが笑っている。センター開設以来、ボランティアの仲間たちに少しでも休んでもらおうと、夫婦で続けてきた「年越しの電話番」。愛用のかばんの中に入れた黒い手帳の大みそかのスケジュールには、今年も予定が書いてある。【萩尾信也、題字は書家の木島杏子さん】=つづく


引用URL:
http://news.goo.ne.jp/article/mainichi/life/20081217ddm041040087000c.html?C=S


<がんを生きる>寄り添いびと/2 やりたいことは何?
2008年12月17日(水)13:00
 ◇人はいかようにも言葉で心を変えられる

 たったひと言が、相手の気持ちを変えることがある。絶望に突き落とすこともあれば、生きる力を沸き上がらせることもある。東京・新宿の自殺防止センターの仲間たちは、それを試行錯誤の中で学んできた。

 梅雨空が広がっていたころ、末期の大腸がんを患うセンターの大黒柱、西原明さん(79)は少し気弱になっているように見えた。

 尿に血が混じり、鈍痛が始まっていた。「いよいよかな」。手で下腹部をさすっては、小首をかしげた。

 「センターの活動に支障が出るのはいやだな。動けなくなったらホスピスに行くよ」

 「長くはないんだから家でみるわよ」

 妻の由記子さん(74)とそんな言葉を交わした。

 初夏。明さんは私の知人の紹介で、在宅訪問診療を長く続ける中村洋一医師(53)の診察を受けた。さまざまな病で命の丈を知った患者のサポートをしてきた中村医師は、にっこり笑って言った。

 「やりたいことは何ですか」

 どう死ぬかではなく、どう生きるか。中村医師の問いかけは、センターに電話をかけてくる人々に、明さん自身が投げかけてきた問いでもあった。

 「自殺防止セミナーが2回あります。外国にも行きたい。ボランティアの研修もあるし、できるだけ電話に出たいですね」

 「やりましょうよ」

 中村医師は言った。

 10月中旬。明さんは大阪で開いたセミナーの合宿に参加した。下旬には、センターが加盟する国際組織のワークショップに出席するためタイに向かった。世界中から集まった同志に、いま一度あいさつしたいという願いをかなえた。

 11月。夫婦で英国に飛んだ。半世紀以上も前に自殺防止の電話相談を始めた恩師の追悼礼拝に参列し、感謝の気持ちを伝えた。昨年逝った恩師は、2人がセンターを設立する際に来日し、言葉が人の気持ちを変え得ることを教えてくれた。

 由記子さんに車椅子を押されて明さんがロンドンを歩いているころ、私は中村診療所の一行と、もみじのトンネルを抜けて温泉旅行をしていた。今年で17回目の旅路だった。

 103歳を筆頭に、病を抱えた男女が家族やボランティアに付き添われて参加していた。医学的には治る見込みのない患者もいたが、みんな生気に満ちていた。

 師走。明さんはクリスマスイブの礼拝で話すメッセージの原稿を書いている。聖書は死と復活の物語を伝えている。

 「実に面白いね。やはり言葉が心を動かすんだ」

 明さんは今に至って改めて思う。人はいかようにも心を変えられる、と。「だからきっと、僕たちは電話相談を続けることができるんだね」【萩尾信也】=つづく

………………………………………………………………………………………………………

 ご意見・ご感想を手紙(〒100―8051 毎日新聞社会部)、ファクス(03・3212・0635)、電子メール(t.shakaibu@mbx.mainichi.co.jp)でお寄せください。

theme : 医療・健康
genre : ニュース

クライスラー、1カ月休業=需要急減に対応−米報道

次の新しい産業構造へのステップ、礎になるのか。
自動車産業が斜陽産業となると次の主幹産業は何になるのかな。
それが定まらないうちに、現在の主幹産業たる自動車産業が壊れようとしているのか。
現状を自分なりに解釈。

引用URL:
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081218-00000028-jij-int


クライスラー、1カ月休業=需要急減に対応−米報道
12月18日7時35分配信 時事通信


 【ニューヨーク17日時事】米メディアは17日、経営危機に陥っている米自動車大手クライスラーが19日から1カ月間、完全に操業を停止すると報じた。景気後退に伴う個人消費の急減で、自動車販売の落ち込みが顕著になっている。休業期間は当初は2週間の予定だった。
 同社はゼネラル・モーターズ(GM)、フォード・モーターとともに米政府につなぎ融資を要請しているが、まだ実現していない。クライスラーは70億ドル(約6100億円)の資金供与を受けなければ年内に運転資金が払底する見通しだ

theme : 経済・社会
genre : ニュース

100年に1度の危機に、ケインズはよみがえるのか?

こういう事態を引き起こさないようにするのが、経済学の研究の一部じゃないの?
無力だよね〜。。。ある意味では。

引用URL:
http://diamond.jp/series/noguchi_economy/10001/


100年に1度の危機に、ケインズはよみがえるのか?


 いま世界で起きているのは、マクロ経済学の教科書に書いてあるとおりの事態だ。すなわち、有効需要の激減が、経済活動に大きな影響を与えている。

 したがって、それがいかなる影響を持つかを、マクロ経済学のモデルで分析できる。income-expenditure model(所得・支出モデル)と呼ばれる最も簡単な形のモデル(利子率や価格の変動を考えないマクロ経済モデル)でも、かなりのことがわかる。

 日本の立場から見ると、現在重要な変化は、輸出の落ち込みだ。これを外生的な変化として捉え、消費支出や輸入は所得に比例して変化すると考えて、生産=支出の関係を立てる。これを解けば、「乗数効果」を取り入れた分析ができる(設備投資や住宅投資をどう考えるかも重要だが、とりあえずいくつかの値を想定することでも、かなり意味ある分析ができる)。

 もう少し拡張したモデルを考えるなら、開放経済下のマクロモデルである「マンデル=フレミング・モデル」を用いればよい。これは、経済学を勉強した人でも、あまりはっきりと覚えていないかもしれない。「そう言えば国際経済学の講義で聞いたことがある」程度の認識しか持っていない人が多いかと思う。しかし、現下のさまざまな問題に対して、常識では必ずしも得られない答えを与えてくれる。

 たとえば、「変動相場制の下で財政支出を拡大しても、円高になって貿易黒字が減少するから、経済拡張効果はない」ということなどがわかる。この点は、現下の経済危機に対する対応を考える際に、大変重要なことだ。仮に10兆円規模の経済対策を考えようが、効果は期待できないわけだ。ましてや、2兆円の定額給付金など、何の効果もないことがわかる。

マクロ経済学が
はじめて意味を持った
 これまで、私は、「マクロ経済学はくだらない」と考えていた。マクロ経済理論では、需要の変動が経済活動に影響を与えるというのだが、仮にそうしたことがあったとしても、小さな変動しかありえないだろう。経済活動の基本を決めるのは、供給側の要因であるに違いない。つまり、生産能力、労働者の状況、技術などである。

 高度成長期の日本経済を見ていた人なら、誰でもそう考えたことだろう。1930年代のイギリスを対象としたケインズ経済学は、高度成長時代の日本経済の現実とはおよそかかわりのない理論であり、「現実の世の中のことはさておき、ケインズはこう言っている」というだけの話でしかなかった。つまり、経済学説史以外の何物とも思えなかったのである。学生の興味をひきつけられなかったのも、当然のことだ。こんな理論を教室でまじめに教えていたというのが、信じられないことだ。


 私が特に奇妙に思ったのは、ケインズ理論の中核である「資産選択の理論」だ。「貨幣と国債の間で資産選択を決める」というのだが、国債などそもそも発行されていなかった。それに、インフレ下では、貨幣を持っていれば、目減りするだけだ。当時の日本人が血眼になって追求した資産選択とは、借り入れをして土地を買うことだった。そうした状況を見れば、健全な常識を持っていた人なら誰でも、ケインズ経済学の基礎とはなんと現実離れした理論だろうと思ったに違いない。普通の感覚を持った人なら、ケインズ経済学を真面目に勉強しようなどという気持ちにはなれなかったはずである(経済学部の学生であれば、試験を受けなければならないから勉強はしただろうが、それを使って現実の現象を理解しようなどと考えた人はいなかっただろう)。

 私は、その後、エール大学でジェームズ・トービンの講義を聞いて、初めて「資産選択」ということの意味を理解した。ただし、トービンは、ケインズが考えたままのモデルではなく、「実物資産と名目資産の組み合わせ」あるいは、「安全資産とリスクのある資産の組み合わせ」と問題を定式化していた。こうした修正は、日本でこそ必要なものだったのである。

 国債が資産であると実感できるようになったのは、70年代に個人が国債を保有できるようになってからのことだ。「流動性トラップ」という概念を理解できるようになったのも、90年代の金融緩和の中でのことだ。

 そしていま、「需要が大きく変動すれば経済活動は大きく変動する」という基本的なコンセプトが持つ現実的重要性がわかった。マクロ経済学は、(少なくとも戦後の世界に関する限り)いま初めて現実世界とのかかわりを持ったと思う。

経済学的な考え方とは無縁
と思われたマクロ経済学
 私が「マクロ経済学はくだらない」と考えていた理由は、現実とのかかわり(の欠如)だけではない。もう1つの理由は、「マクロ経済学は“経済学的な見方”とはあまり関係がない」と思っていたからだ。とくにincome-expenditure modelの場合には、「価格」という概念が登場しない。しかし、経済学的な見方の基本にあるのは、「価格」なのである。それがないと、モデルはきわめてメカニカルなものになってしまう。

 価格の機能を体系化したのが、「ミクロ経済学」とか「価格理論」と言われるものだ。「経済学的な洞察」のほとんどは、ここから生じる。たとえば、相対的コストを基準とした分業が望ましいとする「比較優位の原則」。また、「価格が調整すれば、均衡に戻る力が自然に働く」という考えなど(たとえば、原油価格や農産物価格の高騰の問題をどう見るかは、こうした考えのほぼ直接的な応用である)。エコノミストの存在理由は、ひとえにこうした考えができるかどうかにある。

私が「マクロ経済学のモデルは変だ」と考えていたかなり大きな理由は、そうしたメカニズムが前面に出てこないことなのである(もっとも、マンデル=フレミング・モデルでは、為替レートが変動して外生的な変動が平準化されるが)。

 しかし、いまわかったことは、有効需要の落ち込みというメカニカルなメカニズムも、規模が大きければ、現実世界に重大な影響を与えるということだ。われわれがいま直面しているのは、マクロ経済モデルで分析できる事態である。

コンマ以下の
予測など無意味
 経済学者が持っているモデルは、きわめて「大まか」なものである。その大きな理由の1つは、モデル上の概念と実際の統計データが必ずしも正確に対応しないことである。たとえば、「純輸出」という概念が出てくるが、これは貿易統計における貿易黒字なのか、それとも財サービスの黒字なのか、それとも経常収支の黒字なのか。どれを取るかで、結果の数値はずいぶん違ったものになる。これは、自然科学の場合には存在しない問題だ。

 あるいは、「経済規模」というが、これは、GDPなのかGNPなのか? かつてはGNPを使っていたのをGDPに変えたのだが、日本企業の海外での経済活動が拡大したいまでも、GDPを考えていればよいのか?

 また、実質、名目のどちらを見るべきか? もともとの統計は名目だが、それを実質値に直すためのデフレーターとしては何が適切なのか。等々の問題が生じる。そして、これらへの答えは、必ずしも明確なものではない。

 したがって、1.2%の成長なのか1.5%の成長なのか、といった類の議論に、経済理論はほとんど貢献できない。理論を使って言えることは、「プラスなのか、それともマイナスなのか」という程度の話だ。だから、経済見通しなどの作業に経済学者が口を挟める余地は少ない。それは、現実の経済指標の動きを追っている実務家の領域の問題だ。

 経済見通しに限らず、現実の経済活動に対して経済学者が発言できる機会は、あまりなかったのである。仮に発言するにしても、経済学の知見を活用した発言ではなく、きわめて常識的な内容のことだった。

 しかし、経済変数のボラティリティがきわめて大きくなったいま、「来年度の成長率はマイナス1.2%なのか、それともマイナス1.5%なのか」と言った議論をしても、ほとんど意味がない。問題は、「マイナスで1桁なのか、それとも2桁なのか」といった類のことである。あるいは、「そもそもマイナス成長なのかどうなのか」といったことである。それは、「大まかな」経済モデルの領域の話だ。

 大きな変動だから、モデルが意味を持つ。世界は、そのようなタイプの問題にいま直面している。

theme : 経済・社会
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Author:東京のクマ
今のところ東京在住・・・

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